自分の子と分け隔てなく愛そう・・・そう思ったのが間違いの始まりだった。

始まりは、長男11歳長女9歳だった。
すでに人間が出来ている、未完成だけれども、手の施しようがないくらいに。
やりにくい、育てにくい、なぜあたしの話が解らない?そんな状態だった。
もちろん子どもたちにとっても、今までの生活と全然違う事を始めようとしている。
継母に対してのストレスはあった筈だ。それは今でも変わってないと思う。
お互いにそんな状態だったけれど、実子と分け隔てなく、なんて無理!と
実感するまでにかなりの時間を費やした。


あたしもステップで育った。


あたしは、3歳のときに母を亡くし、5歳くらいだろうか、新しい母が来た。
でも、ところどころしか、記憶がない。
何をして楽しかったとか、こんな事があったとか・・・
学校での出来事なら多少は思い出せる。
でも、家庭内のことはほとんど思い出せない。
辛すぎて記憶を封印してしまったんだろう。
覚えているのは、高校生くらいから継母が
大嫌いで何度も家出をしようと思った、という事くらいだ。
酔った父は継母によく言っていた。
「(あたしが)自分の子じゃないから可愛くないんだろう!」と。
父と継母の間にはセメントちゃんが一人いる。
自分の子ばっかり可愛がって・・・と言いたげだった。


そんな思いをして育って、実際継母になった。
あたし自身「継子」だったわけで、そういった観点からあたしが幼い頃から
思春期を経て得た感情を味合わせてはいけない、との気持ちが一杯だった。
本当に一生懸命だった。


新しい家族を始めるための箱、”家”を彼は準備してくれたいた。
始めは長女だけが引っ越して来て次女と生活を始めた。
これがまた喧嘩ばかりの毎日なのだ。
明るい、こっちが間に入って止められる喧嘩、じゃなかった。
馬が合わない、と表現したらいいだろうか、心の底から怒り心頭してる喧嘩なのだ。
二人が喧嘩した日、必ずあたしも泣いていた。
『あたし達の結婚は間違っていたんだろうか・・・。』笑顔が日々無くなっていく次女に
何度も泣きながら「帰ろうか?また二人暮ししようか?」と話したりもした。
でも次女はその度に「いやや」と言う。せっかくお父さんが出来たのに・・・って。
取り越し苦労だったのだろうか、様子をみていると、なかなか上手く二人で遊べるようになった。
時には喧嘩もするけど、解決の術を二人とも知ったようだ。
それもそう、長女には突然出来た大きな妹、次女には突然出来たお姉ちゃん、
お互いにどう扱っていいのか解らなかったのだろう。
次女はおっとりと育ち、元々ノンビリ屋でハッキリ言えば《トロい》のだ。
1分60秒なら彼女の場合は1分が120秒くらいあるだろう。
長男長女は元々大阪人なのでシャキシャキしてて、ペースが大分違うのにお互いに
困惑していたに違いない。


それに、突然出来た育ちの違う大きな妹、
年齢的に出来る事できない事の違いも解らず、次女を責める長男。
長女はいいのだがもっと頭を悩ませたのは長男だった。
長男は6年生だったため卒業を待って引っ越してきた。
それまでの間、だんな様の実家で過ごし、こちらの家と行き来していた。
あたしの見えないところで長男は何に怒っていたのか次女を殴る蹴るしていたらしい。
しかも、脅しめいた口止めをして・・・。
それを知った時には本当に腹が立った。
あまりにも卑劣すぎる!誰がそんな風に育てたのか!環境もあるので長男ばかりを
責められないけど、その時も泣けた。次女があたしの子だから、と言う訳では無い、
虐める方があたしの子でも、同じように悲しかったと思う。
なぜ上手くいかないんだろう、って。中学入学と同時に引っ越してきた長男、
長女と同じようにまた毎日次女と喧嘩をしていた。
あたしもやっぱりその度に泣いていた。やっぱり無理なんだろうか?
自分が育てた経験のない年齢性別、環境の違い。正直戸惑った。
解らない・・・なんでこうなの?・・・どうしたらいいの?


長男がきっかけであたしの日ごろ堪えていた怒りが爆発した事が二度あった。
寝室にこもり一晩中泣いてた。
何とかなるはず、何とかしなきゃ、家族にならなきゃ・・そんな焦りがあたしを追い詰めた。
そして何度も落ち込み、何度も爆発した。・・・もうこんな生活イヤだ・・・そう思った時、
『実子と継子、同じように思えなくて当然、上辺だけでも家族してたらそれで十分、
 それ以上何が要るの?』という声があった。
それがものすごく神の声のようだった。それでいいの?本当にそれでいいの?
あたしは救われたと思った。
それまで、自分はお母さんとして頑張ってるんだから、あなたたちも子どもとして
頑張ってちょうだい、というような期待を大いにしていたんだと思う。
こんなにしてやってるんだからあなたたちも本当のお母さんだと思って
なんでも返してきて・・・と。
でも、それは結局独りよがりだった事に気がついた。
それからあたしは、自分がこの家の母と言う名のお飾りでもいいと思えるになった。
それまでは凄く嫌だったけど、それが自分を押しつぶしていたのに気がついたのだから、
これ幸いということだろう。と同時に、子どもたちに何の期待もしなくなった。
べつにいいや〜、なるようになるさ〜・・・と。
それでイイか悪いかは別として、気持ちがとっても楽になった。数千倍、楽になった。


すでに10歳前後の子どもに、あたしのやり方は押し付けられない。
継子が3歳くらいだったらまだ良かったんだと思う。
も〜可愛い可愛いしてほっぺに噛り付いて歯形をつけたりしている事だろう。
継子と実子、実子が可愛いのが当たり前・・・とも限らないと思う。
継子でもそれが産まれたてから一緒にいたら、それこそ可愛くてたまらないだろう。


・・・時間、じゃないかな。思い出、じゃないかな。子どもの成長の様子をずっと
見守ってきていたら、継子も実子も区別できないと思う。
”血”なんてのは一切関係ないのだと思っている。
おっぱいを飲んで、寝返りして、たっちして、歩いて、おしゃべりして、絵本を読んで、
歌って踊って・・・成長過程のどれかでも見る事が出来たら違ったと思う。
あたしの子どもになった瞬間から生意気なのだから、 どうして可愛い、なんて思えるのか。
あと10年もしたらどの子も同じように見れるんだろうけど、先は長い。


継子は大きいか幼いか・・・が楽。中途半端に10歳前後は、バカやり辛い。
養子縁組はよく考えるべき。あたしはやる気満々だったので、婚姻届と同時に
縁組み届けを提出した。途中正直、早まった!と思った。
こんな子達の母なんてやってられないっ!と縁組みを解消しようと本気で考えた。
・・・離縁は簡単に出来るので、未だ検討中ということにしているが、養子縁組を
アドバイスをするとしたら結婚生活が落ち着いてからでもいいんじゃない?と言うだろう。
世間様に法的にも親子だと認められたいと思った時、
この子に遺産を残してやりたいと思った時、で十分。
実子は・・・さすがに実子である。
離婚するときも再婚するときも振り回されっぱなしの実子。
子供のことを考え再婚を諦めたりする人もいるだろう。
しかし!子どもは親についていかなければならない運命なのだ。
親の勝手で身辺が変わっているのだから堪ったもんじゃないだろう、
だからこそあたしは実子を守らなくてはならない責任をヒシと感じている。
実子のそばにいるのはあたしだけなのだから。
数ヶ月に一度、必ず聞く事がある。
「何か辛い事はない?嫌な事はない?
お母さんが悲しむからとか思わなくていいから、言ってね。」
話し出すと長い。学校生活での愚痴のようなものだけれど、話したらそれはそれは
すっきりするらしい。家庭内の事は出ない事のほうが多い。
だから余計に、あたしはアンテナを張っている。
兄姉にいじめられてやしないか、いつも電波が出ている。


今のあたしは、表向きは実子継子分け隔てなく、
しかし心の中ではキッチリ分け隔てている。
それでいいのだと思う、できない事はどんなに頑張っても出来ないのだから。